2006.09.06

時をかける少女を見に行って……

本日の東京地方,くもりのち雨.最高気温27℃.
雨が降る中での夜7時の渋谷は肌寒い.

結論から言えば,こんな日に見に行くべき映画ではなかった.
暑い夏,8月の青空,汗ばみながら見に行く映画だった.


私が映画館に足を運んで見に行った最後の映画は,確かターンAガンダムの地球光・月光蝶だった.Wikipediaによれば2001年制作・2002年上映だから,もう4年も前になる.都心の映画館では早々に上映を打ち切られて,南大沢まで足を伸ばしたことを覚えている.何としても見たかったし,富野監督によって独特の生気を吹き込まれたキャラクターたちを見て目頭を熱くしていた.

これ以降も数多くのアニメ映画が公開され,その中には私のようなオタクが足を運ぶべき作品もあったと思うし,Ζガンダムのリメイクは見に行こうかとも思ったが今さらガンダムでもないだろうと思ってやめてしまった.

今日私が足を運んだのはシネセゾン渋谷という映画館だったが,映画館自体の内装も古めかしかったし(かといって何らかの歴史を感じさせる雰囲気でもなかった),階下にパチスロが入っていて騒々しく,周囲には息をつける場所も見当たらず,文化的な貧しさを感じさせる環境だった.

お世辞にも広いとは言えない館内で見づらい最前席などではちらほら空席も見られたものの,見やすい席は観客でほどなくすし詰め状態となった.サービスデーとはいえ,映画館側としては十分満足できる客の入りだったのではないだろうか.観客層は若い女性が多く,私のような360°どこからどう見てもこれはオタクです,という手合いはちらほら散見されるのみ.少数ながら,年配の男性の姿も見えた.正直言って,私は肩身が狭かった.

怒りすら感じるほどのつまらないコマーシャルを10分ほど経てから静粛なピアノソロの音楽が流れ,ようやく待ちに待った時をかける少女の上映開始.傍らに置いた飲み物に手をつけるのも忘れ,私は終わりまでひたすら見入っていた.

この作品は,私にとってお気に入りのアニメ映画となった.いつもなら北米版の発売を待つDVDも,国内版が発売されたらすぐに飛びついてしまうと思う.二枚目半のヒロイン・真琴は注意深く設定され演出されたキャラクタだったと思う.だれかが言うようにアニメオタクに迎合するキャラクターとは対極に位置していた.キャラクター商売の商魂はまったく感じられなかった.

ただ期待していた青春時代に対する郷愁,ノスタルジーの感覚に浸ることはできなかった.私の感じ方では,これはよくできたフィクションのアニメ映画にとどまり,作品を見終わった後まで後を引くような感慨はなかった.このことは,私を軽く打ちのめした.しかしそれはこの作品の問題ではなく,私自身の問題である.

時間の跳躍というファンタジーを入れつつも,キャラクターと作品世界の舞台の描写にはリアリティを持たせようと監督はじめスタッフは注意を払ったはずで,それは成功していたと思う.ただそれは明るくてまぶしい「理想の高校生活」だから,現役の中高生の子たちは感情的な反発を覚えるかもしれない.しかし学校を出てしまった大人にとっては宝物となる映像だったと思う.

この映像を見て胸を熱くなるためには,自身の記憶・体験との何らか接点が必要なのではないか.(あまり制作費はかけられなかったようだが)丁寧に作りこまれた映像を見て,学生時代の自分の記憶の恥ずかしい部分,切ない部分が引っ張り出され,懐かしさあるいは悔恨といった感情が引っ張り出される仕掛けとなっていたと思う.では,そういうものがまったくない,恋もせず汗も流さず,特別な何かにひたすら打ち込むことの無かった,からっぽの青春時代をすごしてしまった人間はどうなるだろうか?

人生の価値というのは,結局のところその人生はその人自身のものであるから,その人が自分で決めるものが全てだ.それが値打ちがあるものかそうでないのかは,過去どう過ごしてきたか,本気で生きてきたかで決まる.忘れた振りはできても,自分に嘘をつくことはできない.まぶしいばかりの青い透き通った街中の映像に,羨望をおぼえることもなく「よくできたお話」として受け止めるだけだった自分の乏しい感受性とその理由に思い当たったとき,私は落胆したというわけだった.

2006年の時をかける少女をみて,ノスタルジーの海に肩まで浸かり良質な娯楽作品の体験後独特の高揚感を味わうことができるなら,それはその人が受け取るべき正当な報酬である.

この惨めな私に救いがあるとすれば,人生というものはそうそううまくやり過ごせるものではないし,それはこのフィクションの世界の住人である真琴も同じだった,ということだ.彼女はたまたま獲得した時間を跳躍する能力でたびたび失敗を繰り返したが,全力で生きる瞬間を経験し,それ自体がかけがえのない何かとなった.そんな瞬間を自ら奮い立たせてつくりだしていかなければ,人生に自分自身が認める価値を与えることなどできはしない,そんなことを私は今日思い知らされた気がするのだ.

まあそんな私の繰言など,ひとたび見れば忘れさせるような楽しさと魅力を持った作品なので,DVDの発売が待ち遠しいところだ.

いつまで残っているかはわからないが,一応関連リンク.
時をかける少女(webKADOKAWA)

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2004.01.12

大河ドラマの新撰組

私は新撰組については「多数の開国派の志士・知識人を殺傷した,佐幕派の治安維持・暗殺集団」というぐらいの認識しかもっていないので考証などはできないんだけれども.

でも殺陣のシーンで命のやり取りをする緊迫感がまったくないのはいくらなんでもやばいだろうと感じるし,「現代人が着物を着て芝居をしている」ようにしか思えない画面を見ると,日本のドラマ作りもここまで窮まってきたかと思うと…(ため息)

昨年の「宮本武蔵」を見て,この出来だったらバガボンドのアニメ化をしてそれを大河ドラマの枠で放映すればいいじゃないかと思ったものだけど,いやまだあちらの方が時代劇として見込みがあり,ドラマとして真面目に作られていたという気がする.

口直しに昔の時代劇を見たいなと思いました.我が家のDVDライブラリ整備計画を見直す必要がありそう.

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